再スタート前。
白い照明が、白い化粧室内を明るく照らす。白壁に掛けられた白地に黒針のシンプルな時計が七時十分強の時刻を示す。くぐもったシャワーの音が響く化粧室内へ向けてシャワー室側の扉が開き。髪を濡らし出てきたブライアンに、彼女の後ろから続けて出てきたルイスが「ブライアン、おはよう」と声を掛けた。肩を少しビクッと震わせたブライアンが一重の目を少し見開いて肩にかけていた白タオルの両端を両手で握りルイスに振り向く。
「あ、ルイス。おはよう」
「…大丈夫か?」
「ああ、うん。ごめん、ちょっと呆けてた」
「眠いか? 見張り組の後半だったよな」
「うん。ごめん、何でもないよ。ルイスもあの後起きてたんだよね。ルイスは眠くない?」
「ああ、問題無いよ。ふふ、悪い、そっちの部屋の誰かとブライアンが二人組で出てくる時、割と遭遇したのを思い出して。ハハ、」
「っふふ、そうだね、あんまりにもタイミング良いから、途中でスミスが勘ぐっちゃって。ふふっ、悪いけど笑っちゃった、本当にタイミング良いんだもん、ルイスったら、アハハ、あー、ヤバいもうー、」
「ハハハ、はぁ、…私もつい笑ってしまったなあ、まだ皆寝てるだろう時間だったのに、凄く困ってしまったよ、ふふ。…やっぱり部屋のメンバーと何かあったようには見えないんだが、体調でも悪いのか?」
「ううん。皆とも、喧嘩とか変な空気になったとかも無いよ。まあ好かれてるとかも思った事は無いけど…」
「ブライアン、白の仮面が人捜しでこの殺し合いを計画した可能性を私達に話してから、ずっとこうなんだよね。おはよ、ルイス。ドライヤーもらいっ、」
「あっ、ガルシア。おはよう。…ふーん、そうなのか」
「あー、その、そんな事は、あ、ルイスこっちのドライヤー先にいいよ。私髪にタオル巻いて先に歯磨きとかしちゃいたいから」
「ありがとう、じゃあ遠慮無く。短いからすぐ使い終わる」
「うん、まだ時間あるからゆっくりでいいよ。…でもその、誰を探してるのかとかは気になるなーくらいだし」
「なるほど。…まあ、9歳で生き別れになった家族がいるならそう勘違いしてもおかしくはないか」
「あっ、今妄想癖かとか思ったでしょ、ルイス」
「いいや。まあ、私らの年齢ではたまにいるからな。しょうがない。ふっ、」
「ち、違う! 違うよー!」
「うん。私らの年齢にはたまにいるからね。…っふふ、」
「ガルシアまで!」
髪を乾かしながら笑う二人に否定しながら顔を少し赤くするブライアンの背後から、ウィルソンとブラウンが彼女の首に腕をまわして笑いかける。
「まあそうだな、ブライアン嬢はたまに妄想少女なところがあるからなあ?」
「ウィルソン?」
「そうそう、まあ私もたまに妄想するなあ、理想の王子様がとかお金がたくさんあったらとかあ、」
「も、って。あー、でもお金かあ、」
「するのかするのか、さすがお金にがめついブライアンちゃんだ」
「えっその話まさか、」
「そうでーす私ミラーがバラしちゃってまーす」
「あーちょっとミラーああ」
「ちょっと止めてあげたら、三人共。ブライアン歯磨きセットずっと手に持ったままじゃない」
「スミスちゃんが言うなら止めてあげるしかないなあ、ふふ、ブライアン嬢命拾いしたな! ハハハハハ!」
「え、この掛け合いで殺されるところだったの私?」
「いやいや、からかいがいあるからな、ブライアン嬢は」
「ホントホント。あ、ガルシアちゃん髪巻いてあげよっか? 私そーいうの得意だよ~」
「ありがとうブラウン。でも大丈夫、巻き髪は学校関連の時にしかしないって決めてるの。三人はシャワーは後にするの?」
「うん、凄い混んでるし。ってか、今空いてるの例のツインテールの女の死体ある側しかないからさあ…」
「ああ、なるほど」
「あれ、てか今違う子達が片側全部使ってるって事は、三人は?」
「私は昨日使った場所使ったよ~。歯磨きするね、」
「私も同じ場所を使った」
「私は昨日あのツインテールの隣だったから、さすがに今朝はブライアンの隣使ったわ」
「…え?」
「ほうほう、このミラーが推理してしんぜよう、つまりはツインテール側のシャワー室の一番左端をガルシアちゃんが、その右隣をブライアンちゃん、そしてその右隣をルイスちゃんが使ったという事かな?」
「そうね」
「そうだな」
「ブライアン、大丈夫よ歯磨きに集中していいわ」
「三人共頷いている、という事は、えーマジでええ?」
「えっ怖くないの? 怖くないの?」
「えーちょっと私だったら超怖くて使えねえぞマジ相手がツインテールであっても!」
「あ、まあ私は二人を挟んでだったから…」
「んむ、」
「問題無いスミスちゃん、君の歯磨きを邪魔はしない。…ブライアン嬢もルイスを挟んでだったからと? ほうほう、」
「いやブライアン嬢は度胸あるとか肝座ってるからだろ」
「あーまあそれ。いやでも一番凄えのはルイスちゃんじゃん、あっミラーのちゃん付け移った、」
「あー、…ええと、」
「そう、ここで一番不思議なのはミステリーなのはルイス君、君だ! 君は一部屋分の空きがあるとはいえ、っ、ふふふふふほほほほほほほほほほ」
「だっ、大丈夫かミラー!」
「ダメだ怖がり過ぎて頷くだけのマネキン人形みたいになってる、ミラー! ミラーああ!」
「くっ、こんな時にミラーの最愛のあの、スミスちゃんが、歯磨きで忙しくなければ…!」
「ねえ、」
「いやでもスミスちゃん歯磨き早えな。もう終わるか」
「おいミラー復活すんの早えな」
「ふふふ最早不思議過ぎて吹っ飛んだわマリア・ミラー、復・活!」
「えってかルイス、そのワックスどこにあったの? ワックス以外にもあるって事?」
「ああ、ここの引き出しに入ってたぞ。洗わないトリートメントとか色々ある」
「ねえっ、」
「歯磨き終わったからドライヤー借りるね、ルイス~聞いてないか、」
「ブライアンそれ元々貴女の所にあった物よね?」
「ねえってば!」
「「「「「「「ん?」」」」」」」
四台の洗面台前で騒々しくしていた7人に掛けられていた声が声量を大きくした事で、7人全員が同じ方向に振り返る。白や水色のタオルを肩にかけた三人の少女達が声を出して笑いながら、赤髪の少女の肩や背を叩いた。赤髪の少女が苦笑しながら小さな笑いが漏れる自分の口元に手を当てて咳払いをする。
「あー、やっぱ後でいいわ、貴女達の部屋一番平和そうだし。楽しそうなのに悪かったわ、」
謝罪して薄緑のタオルを肩にかけたまま、私物が置かれていた洗面台数台の方へ赤髪の少女が歩き去る。彼女の後を追いながら、三人の少女達が「じゃね~」と笑って手を振り笑顔で赤髪の少女の近くの洗面台前の椅子へ腰を下ろしていく。仲良くドライヤーを使う4人に対し、ウィルソンがブラウンを顧みる。
「え、何? 私ら何かした?」
「まあアタシ達の部屋って平和だよねえ」
「ま、そーですね~」
「否定はしないわ」
「あ、ワックス案外種類ある。私が持ってるやつは無いみたいだけど」
髪のスタイリング剤が入っている引き出しを見下ろすガルシアに後ろから抱きついたブラウンが一つ一つの説明を始め、ウィルソンが茶化しミラーとスミスが三人を見て和やかに談笑する。
髪の上に白タオルを乗せながら髪を乾かし終えたブライアンが自分の座る洗面台の引き出しの中から化粧水と美容液入りの下地を選び、掌サイズのそれを台のサイドに置く。隣の洗面台の引き出しから化粧品を数個出し同じ場所に置くタイミングでルイスの顔を視界に入れ小さく首を傾げた。
「…ルイス? どうしたの、」
「…、いや、…何でもない」
「昨日の夜よりは市販の多かったね」「つっても夜食のが安心して食べられたけどね」「全部市販のだったもんねえ」「えっ何それ知らないんだけど」「あーアンタぐっすり寝てたからね~」「えー、」
赤髪の少女と他三人の少女が扉に青線の入った部屋へ入っていく。ウィルソンとブラウンが返却扉にレトルトパック等が乗せられたトレーを入れて閉めた。
「今朝のはパンの他に一個だけ市販のあったな」
「あーあれ紙パックジュースね」
「私あれ好きよ」
「私スミスちゃん好きよ」
ウィルソン達の後にトレーを入れるスミスとミラーを後ろにガルシアが「ブライアン、距離置こう」と真顔で言ってブライアンの隣を歩く。苦笑するブライアンが黒線の入った扉前に2人の少女がカードキーを手に立っているのを視界に入れもう片側の隣にいるルイスへその視線を向けた。
「あれってルイスが使ってる部屋だよね?」
「ああ。…部屋が開かないみたいだな」
「ねえ何で開かないの?」「私のカードは? …いやちょっと開かないんだけど!」「あ、ルイス! ルイスのカード貸してくんない?」
「ああ。はい、」
「ありがと!」「…えー、開かないー!」「うっそお、まだ上着残してたのに…」「ヤバあ、」
ウィルソン達の他にルイスとその同室の二人のみの食堂で、スミス達と合流したウィルソン達が自分達の部屋へ向かう。
「えー、やっぱカードの部屋開かなくなったりしたんだ」
「ブライアン嬢の危惧してた通りだなあ」
「普通の鍵の部屋で良かったわね」
「見張りの時間あったからちょっと疲れたけどね」
「ぐっすり寝てたじゃんミラーは」
「ブラウンちゃん寝れなかったの?」
「いや寝た気しないだけだよ、だってこんな状況だし」
「まあなあ。あ、ルイスが力技で開けてる」
「…でも開かないみたいね」
「黒人パワーで開かなかったら無理かなあ。残念だねえ」
「ていうか人数足りなくない? さっきから」
「あー、朝食の時間も凄い数少なかったよねえ」
「寝坊したんじゃねえの? 時間だらしなさそうな奴らだったし」
「私ら他人の事言えなくない?」
「まあねえ。食欲無いとか色々ありそうだけど、まさか、」
「まさかのまさか?」
ブラウンの言葉にウィルソンが「怖えー」と肩をすくめると、ブライアンが赤線の入った扉前に立つのが見えた。
「ピンクの部屋に? ブライアンちゃん勇気あるう」
「でもノックしても声掛けても返事無いねえ」
「あーまあブライアン嬢にムカついてんじゃね、昨日も真似しておいて何かグチグチ悪く言ってやがったし」
「あーそれ。私らに対しても何か遠回しに何か言ってたよねえ。マジムカつく」
「ホント。死んでれば清々するんだけどなあ」
「でもあの出口の上の電子パネル、22のままよね…あ、ブライアン帰ってきたわ」
「で、ブライアン、あの部屋どうだったの?」
「全く反応無かったからベッドルーム前の小さい部屋入ったら、ドアごと全部…部屋のある場所全部無くなってた」
緑線の入った扉中の寝室に入ったメンバー全員が驚きウィルソンが「は?」と声を出した。上着を着て外していたアクセサリーを全て着けるかポケットの中に入れたり等した四人達にブライアンが続ける。
「床も無かったよ。階段大分上がってきたけど、あの高さ位は落ちてるみたい。壁も変に擦り切れて、まるで落ちる時に壁も巻き込んでたみたいになってた」
口々に「えー?」「あー、」「怖え、」と呟く彼女達を前に髪を下ろしたままのミラーが上着を腕にかける。
「やっぱ何か仕掛けられてたんじゃない~?」
「人数オーバーしたからじゃないかな」
「ガルシアも思う?」
「確かに昨日スミス嬢言ってた注意事項のところにもあったけど。人数オーバーしたら地に墜ちるって、」
「こっわ、」
「でも人数そのままだよね」
「ああ、パネルの数? でもあれ合ってるかは、」
「このブレスレット、体温測れるやつかなって思って。他の皆も最初のホールの時から言ってたらしいけど、この厚みどう考えても何か入ってる。これの反応する人数とあのパネルが表す人数が同じなら、」
ブライアンの言葉の途中で隣室から悲鳴が続けて聴こえ、ブライアン達の部屋が一瞬冷えた静けさに包まれる。ブラウンが上着の裾を握り寝室の入口傍に立った。
「え、隣の部屋から悲鳴聴こえたんだけど」
「怖え」
「ちょっと待って、今何分?」
「あ、そろそろ食事時間終わるわね」
「シャワー室開放されるよ、急ごうウィルソン」
「あーオッケー。ブライアンとガルシアは部屋で待ってる?」
「いや、今の話と隣の悲鳴聴いたらちょっと、」
「わかった、じゃあ皆荷物ってか服とか全部持ってこう、二人共荷物持ちと見張りお願いしていいか?」
「OK」
「私も。髪とメイク両方終わってるし問題無いわ」
「二人はあと歯磨きくらいかしら? あ、ノートとペン、」
「あー、ごめん私先行ってる! 時間かかるかもだし」
「あー私ももう行く、ごめん二人最後に出て何も残ってないか確認してくれる?」
「そうだな、よろしくっ、」
「了解。ガルシア、私部屋奥のベッド側から行くから扉前の談話スペースからお願いしていい?」
「OK。…まあ、皆ブライアンの言う通りに私物全部仕舞わないで出してたから大丈夫だとは思うけど、…引き出し、全部開けられないわね、なるほど、」
「一応布団の中と下も確認していくね、…何も無いです、」
「こっちも何も無いわ、出ましょう、」
「うん!」
「あ、食事時間終わる、」
寝室の扉を開けながら小走りで来るブライアンを待つガルシアが食堂の白壁に掛けられた時計を見上げ針の位置を確認した、その時。談話スペース側すぐの扉に手を掛けたブライアンが「うわっ、」と軽い声をあげ、同時に低く高く裂き崩れ滑り落ちていく轟音が腹の底に響くように鳴った。雪崩音に肩を震わせたガルシアの視界に、床が抜け暗く深い穴に片足をぶら下げたブライアンが寝室前の小部屋の床に踏み入れた足を踏ん張ってガルシア側に跳ぶ姿が入る。ドアノブを掴んだガルシアが扉から手を離し食堂ホールに駆け緑の寝室を後ろに足をすくめ食堂床にへたりこむ。ブライアンの姓を呼びながらガルシアが後ろを顧みると、抜けた床を顧みていたブライアンが片手で顎下に触れ少し引きつった笑みで彼女へ振り返った。
「私は大丈夫、…ビックリした、」
「食事時間終わると同時?」
「みたい。出て良かった…」
「うん…、まさか、……ねえブライアン、」
「ブライアン! ガルシア! 早くー!」
「あ、今行く! ごめんガルシア、化粧室行こう、」
「…うん、」
~ 残り人数、…21。 ~