二室目。
窓の無い暗い室内、スクリーンパネルの周りだけが暗闇をかまくら型の明かりで押しやっている。スクリーンパネルの前デスクに座る黒スーツとグレースーツの若い男性二人が、ノートパソコンとiPadのキーボード両方を打ちながらパネルと操作画面の三面に視線を向ける。パソコンの方の会話画面に十人用の枠があり、その内の一つだけが白スーツの肩に届くか届かないかの長さの金髪の男性が映る。枠内の彼の口端が上を向き、話す度に尖った犬歯が時折視えた。
『それにしても、半生中継、中々良いねえ~』
「今観てるの暇な人だけですよね」
「それ」
『君達も暇なんだろほらほら私の仲間だよ~』
「俺はこのAIRAMプロジェクト第一弾の監視シフト入ったから今いるんスよ、先輩この時間のシフト入ってなかったッスよね?」
「ホンそれ」
『そうだね…今仕事に追われながら監視映像観てるんだよね…終わらないから手伝わせてあげようか?』
「分野違いなんで無理です」
「自分分野同じですけど遠慮します」
『え~、それはそうと我々のアイドルのRANちゃんがいるって聞いたから私今ここにいるのに全然いないんだけど何で何なのどうゆう事?』
「それわからないならファンじゃないッスよね」
「それな。勝ち残ってますよ、彼女」
『え? 嘘! だって不細工か化粧で誤魔化してる不細工しかいないじゃん! あと整形、』
「監視カメラの角度で見え難いですけどね。あと仕事の片手間だからじゃないッスか」
「マジそれ」
『ええ~ちょっと後で録画見直す…』
「録画してんのにこれ観てるんスか」
「マジそれな」
『だってRANちゃんいるって聞いたから…』
「まあ頑張って探して下さいよ」
「あ、自分次の人と代わるわ。お疲れ様です~」
グレースーツの方の若者がデスク上の私物を片手にまとめ席を立つ。黒スーツの若者が「お疲れ~」と彼にひらひらと片手を振りながら画面を見てマウスとキーボードを操作する。枠内の白スーツ男性の若い声が渋く唸った。
『うーん、あ、いた! いたァ! いたよぉお!』
「うるさいッスよ先輩」
「何4番目の子またうるさくしてるの? ていうか白スーツ着てたら我々のトップの御方とかぶるじゃん」
「ですよねえ」
『あっ5番目の先輩お疲れ様です今RANちゃんいますよ今日も可愛いなあ本当可愛くないですか!』
「さっきこの人見つけらんなかったんスよ」
「あ~それファンじゃないわ~」
『違うもん! 仕事で忙しかったんだもん! ファンだもん!』
長く暗い通路を抜け、30人のマリア達が白照明がところどころに点く薄暗い廊下に流れ出る。が、息をきらした一人だけが廊下に残ったまま。彼女達が通ってきた通路への道が、『第一通路通過制限時間40分経過の為通路に繋ぐ扉を閉じます』と伝える電子音声の言葉と共に壁の中からスライドして出てきた分厚い壁で閉ざされる。壁の向こうで1人取り残された少女の縋る声が反響し暗い通路側でこだました。
泣き叫ぶ声をよそに。残り29人の少女達が、向かって廊下左横にある無数の机と椅子のセットが並ぶ部屋を確認し物色していく。
机と椅子のセットが並ぶ室内は、入って右側壁に黒板、左側壁にロッカー、真正面壁にはコンクリートで景色を埋められた窓がある。その部屋と同じ部屋が四部屋程先へ続き、四部屋先へ行っても、部屋のある側と反対側の壁はコンクリートで景色が埋まる窓だけだった。
陸上サークル所属だという少女とその知り合いが走って四部屋先の辺りを確認してくるが、彼女達いわく四部屋目の裏に上へ続く階段があり、階段横の表記から今いる場所が地下二階であるという事がわかった。
「どーりで息苦しいと思った~」「換気扇とか空気清浄機は天井についてるけどね」「いやそういう問題じゃねえし」「超怖」「つか人殺しちゃったじゃん」「いやでもたまにあるじゃんイジメとか関係なくさあ」「え、ある?」「いやうちの近所は割とあったよ」「あーそれマジ、スラム」「いやちげえし」
机の中とロッカーを確認する少女達に混じって何もない事を確認していたスミスが隣にいたブライアンへ「どうする?」と聞く。ブライアンが教室内のスピーカーを見上げる。
「スピーカーが各部屋にあるって事は、それで何か伝えそうだよね。待つ必要が必ずしもあるとは限らないけど…」
「あ、はいはい! もう上の階に行っちゃわない?」
「えーと、貴女は、」
「私はブラウン。ブライアンと似てるけど髪は全然違うからわかりやすいよね?」
「赤メッシュ入ってるもんなー。私はウィルソン。胸デカくて全然違うからわかりやすいべ?」
ウィルソンと名乗った、艶のある明るいブロンドのロングヘアの背の高い少女が。白シャツのボタンを胸元まで開けた自身の両胸を両手で持ち上げウインクして笑い、隣に立つブラウンに「下品じゃん!」と笑って茶化され大口を開け「だははは!」と笑い返した。彼女に二つ以上指輪をした手で肩を抱かれたブラウンが、ウィルソンの腰に両腕を回し抱きつく。
「あーでもこの歳で胸デカいのいいなあ~ってかもう階上がっちゃおうよ! 地上出たら出口もあるかもよ!」
「私も階は上がってみたいかな。スミスは?」
「私も。他の人達も上がるみたいだからついて行、」
「ねえー待って行き止まりなんだけどー!」「マジでこれヤバ~」「どーする?」
「あ、行き止まりらしいね」
「マジか。やべえな~また殺り合う?」
「いや怖いわ!」
「マジそれ。てかもう10人減ったんだしいいんじゃね~。つか、さっき通路に残された一人いんじゃん。めっちゃ泣いてたけどあれって殺し合い免れたんじゃね? マジ、ラッキーじゃん」
「えーだとしたらアタシも残れば良かったな~」
「つか泣いてたやつ静かだよなー。声でもかける?」
「マジ優しさの権化じゃん」
「だろ。いや私率先して殺した女の一人だけどな」
「マジ? どんな奴殺したの?」
「何かうずくまってずっと黙ってた女。すげえ暗くて気持ち悪かったし、こいつなら皆何も思わないんじゃないかな~って思って」
「あーまあそういう奴は何されても何もね~」
「…。こっわ。私黙ってなくて良かったわ」
自分達が先程走ってきた通路へ通じていた閉じられた扉の方へ歩いていく、ブラウンとウィルソンを遠目に。明るい茶髪をポニーテールにした細身の少女が、控えめな声量で言いながらスミスとブライアンの隣に立つ。ブライアンが茶髪の少女を視界に入れて一重瞼の目を瞬かせる。
「あ、さっきの陸上サークルの人」
「ブライアンだっけ? 途中から聞いてたけど。私はミラー。よろしく」
「よろしく。ブライアンです」
「私はスミス」
「あー医者の娘! 最初のホールではありがとう。って言っても私何も助けられてないけど」
「ふっ。そうね。まあこれから短い間よろしく」
「うん。まあここ出たら赤の他人だろうし、そだね。短い間よろしく~」
「ねえ、上の階行くのに行き止まりって言ってたけど、様子だけ見に行ってもいいかな?」
「あ、私も見に行きたいわ。ミラーはどうする?」
「あー、じゃ、私も行こうかな。階段は上がってないから。何か上階段に照明点いてなくて、ホラーっぽくて怖かったんだよね。しかも確認に行ったの私入れて二人だけだったから余計怖くて」
「あーまあ怖いわよね。しかもあの子と一緒?」
「そ。何か一回だけ隣のクラスで体育の時間に私の事見た事あるって言ってて。でも私覚えてないんだよね~」
「あーよくある話よね。しかも名前マリアだし名字もよくあるから本当、あっちは覚えててこっち覚えてないとかザラだし」
「ていうかブライアン、もしかして成績優秀?」
「え?」
「あ、やっぱり? IQ良くて学生用の新聞に出てたなって思ってたわ。名字ブライアンだしよくある容姿だから自信無かったけど」
「だよね! でも目元から頬にかけてホクロあるからもしかしてって思って」
「ああ。うん、まあIQの件で新聞載った事はあるけど、でもIQのテストって何か曖昧だからなあ…本当の頭の良さと違いありそうだし」
「えーでもうちかすりもしなかったよー余裕ある人の発言ですなあ」
「私は周りに比べれば高かったけど、さすがに貴女の数値は出なかったから、純粋に凄いなって思ってた」
「ありがとう。でも医者の知識とか運動神経の方がこの状況では有利だと思うな。私、運動神経は普通だから」
「まあ走る跳ぶ投げるなら任せてよ」
「投げる方も?」
「全部の種目出てたから」
「凄いわね、オールラウンダー」
「あ、階段暗くて何か怖い…」
「本当ね、」
「ね、怖いよね。んで、行き止まりなんだっけ?」
「私、先に見に行ってもいい?」
「お、勇敢ですなあブライアン」
「私二番目で」
「じゃあ私ミラーは最後で。何か不謹慎だけどちょっとドキドキしてきた」
「うん、本当。でも、また殺し合いしなきゃいけないとか思うと気が滅入るわね」
「ね。あれ、ブライアン?」
踊り場に上がったブライアンが階段の先を見上げ瞬きしているのを見て、スミスとミラーが彼女と同じ方向を見る。階段の先は灰色の壁があり、地下二階から踊り場の上天井と踊り場の真上は平らな天井だけだった。
「階段の裏側にあたる所とか含めて他に何もないから、この壁の先に出てもすぐに階段は無い可能性がある。この壁、ホールの出口と通路の出口のと同じ材質みたい。叩いた時の音も同じ。で、叩いても向こう側の空間がわかりにくい。先がどういう場所なのかこれじゃわからないかな。ホールからここまでの距離が大分長いから、この上の階も同じ距離の屋内があるとは限らない。もしあるとするなら、郊外じゃないと無理かな」
「よっ、IQ高いブライアンの推理~」
「ブライアンの言う通り、ここの建物、私達が通ったエリアだけでも空間的には広いわよね、私達が目が覚めたホールから通路と合わせて、あの教室みたいな四部屋前の廊下までの距離は結構長かったわ」
「そうだね。普段トラックとかマラソンとかやるけど、通路だけで1kmあったかな、感覚的に」
「普段走ってる人が言うなら間違いないね。ホールから一直線ではなかったけど、かなり広い建物か、地下だけ広いかのどちらか。この地下二階の通った範囲だけでも、普通の工場一個分くらいはある。建物が全部新しいしここの窓枠にマークある会社が去年できたばかりの会社だから、新築なのは確実かな」
「…窓の会社の事は知らなかったわ」
「あ、お金に関する事ばかり調べてたから、その、」
「おっとブライアン、大人しい外見によらず案外お金にがめついようだ!」
「ごっごめん早く自立したくて」
「何にしろ新築かどうかわかるだけでも情報が増えていいわ。貴女がお金にがめつくて良かった、ブライアン」
「スミスまで?」
「あはは」
三人の談笑と近くにいた少女達の談笑で階段近くが穏やかになっていた、その時。ホールに続く通路側の教室から悲鳴があがり、その悲鳴が他の少女にもうつっていく。声を聴いて階段近くにいた少女達と階段側の教室にいた少女達が悲鳴のあがった場所へ走り寄る。ホールから続く暗い通路を抜けて最初に入った教室で、銃を持つ少女が数人以上に取りおさえられていた。
「だってこいつが脅してきたから!」「だからといって、」「でも誰か殺さねえと先に進めないんだろ?」
「あ、スミス、ブライアン。と、陸上サークルの、」
「ミラー。赤メッシュが似合うお嬢さん、名前は?」
「えっ、ああ、私はブラウン。隣のデカパイはウィルソン」
「デカパイ言うなし」
「よろしく、ブラウンとウィルソン。で、何か誰か殺そうとした子が捕まった系?」
「そうそう。マジ焦った~」
「刑事の娘とかいう子が捕まえたんだよね。超凄かったよ~」
「刑事の娘なんていたんだ」
「あ、最初のホールで銃最初に掴んでた子だ」
「え、ブライアン、見てたの? 私達の行ったグループにいなかった子だよね」
「あ、うん、ちょうど角度が良くてたまたま」
騒ぎの方を見るブライアンの横顔をスミスが相槌を打ちながら一瞥し、自分も騒ぎの方へ目を向ける。大声で喚く少女の両腕を背中側に回させ床に押しつけながら上から体重をかける少女が、おさえつけている少女へ怒声を浴びせ彼女の銃を奪った。目の前の光景を見ながらミラーが「そういや」と話を切り出す。
「銃持ってんの今誰なの?」
「あーそれ」
「私わかるよ見てたから」
「デカパイ」
「ウィルソン呼べよミラー。…赤い髪の子と黒人の子と髪巻いてる子、あと刑事の娘とかいう子。それからワ・タ・シ。通路で誰かが落としたのすぐ拾ってそのまま隠してた」
「グッジョブ。そうなるとあと五人?」
「いや、黒人の子は二つ持ってるからあと四人。黒人の子みたいに誰かが二つ以上持ってるかもだけど」
「マジか。つか何で黒人の子二丁持ってんの」
「知らね。まあ身体能力一番凄そうだしなあ」
「確かに。敵に回したくないな」
ウィルソンとミラーがそこまで話したところで銃声が鳴り、刑事の娘と言われていた少女が胸元に赤い染みを滲ませてその場に倒れる。銃声の後で近くにあった机を盾にしたブライアンが隣にいたスミスの腕を掴み自分の後ろへ隠して口を開く。
「皆、机使った方がいい」
「え、」
「オッケーIQ少女!」
「うわっ、待って私も入れて!」
「ブラウン私の後ろ入んな!」
「サンキューウィルソン、」
ブラウンがウィルソンの後ろへ回った直後、銃が多発され教室内に悲鳴と銃声が響き渡る。一部の少女が椅子を使って相手へ殴りかかり一部の少女がブライアン達のように机を盾に防ごうとする。銃を隠し持っていた少女達が慌ててお互いを撃とうとした時、スピーカーから雑音に続いてホールで聞いた白仮面の声が大音量で上から響いた。
『そこまで。当初の予定人数まで減りましたので、この教室のエリアは終わりです。次の部屋への扉を開きます』
「マジ?」「やった、この隙に先行っちゃおう!」「早く早く!」「あ、電子パネルに何か数字あるよ」「25? 何の数字?」「残り人数じゃね? いいから行くぞ、」
~ 残り人数、…25。 ~